池坊専宗の私の美学
混じり気のない 白の世界へ」

私の美学。

2024.11.29

ZOOMのコンセプト1本の美学をテーマにいろいろなジャンルの業界で活躍されている方々にご自身の価値観やこだわりを語っていただく私の美学今回はいけばなの家元である華道家元池坊の青年部代表としてご活躍中の池坊専宗さんにこれまでの経験や大切にしてきた価値観とともにご自身の考える“美学”を語っていただきました。

命を感じる花先生との出会い

――華道家元池坊に生まれてから池坊さんといけばなとの関わりから教えてください

いけばな自体は幼稚園のころから教わっていました当時は京都に住んでいて小学校の頃は学校が終わると野球など外で遊びたくて先生が自宅で待っているのに家の中に入らずグローブだけ持って鴨川の河川敷で遊んで母からかんかんに怒られたりしていましたその後進学のため東京に住むことになりその縁もあって東京で新しい先生にも花を教わることになりました。

――その先生からいけばなについてあらためて教わったと拝見しましたが向き合うきっかけとは何でしたか?

そうですねその先生は昭和気質で頑固な白髪のおじいちゃんでした基本は朝の9時ごろから始まり私が花を生けるのを先生がじっと待つという流れでしたが私は手が遅かったので夜までかかったり時には日をまたいだりすることもあり長い時間を先生と一緒に過ごしました

そしてある日2時間くらいかけて私が花を生けていたときに先生がブツブツ何かを唱えながら私の後ろを歩き出したんです最初は気づかないフリをしていたのですが先生もいよいよ辛抱ならなくなったのかちょっと席を替わってくれんかと言うのでそれじゃあ先生見てくださいということで見てもらいましたすると先生は私が生けていた花を一本ずつここをこうしたらどう?とかこうしたらいい感じじゃない?などとおっしゃりながら場所を移したり手を入れていき最終的には私の生けたものとは全然違ったものになっていたんですそのときはちょっと衝撃的でした
そこで使われていた草花は先生が河川敷から摘んできてくださった葦やねずみもちといった秋草でした先生に生け直していただいた花はそこに秋風が流れているような本当に美しく自然の姿になっていて命をしみじみと感じましたそれでこの美しさにはなにも言えないなと諦めたんです

――なぜ先生が生けたお花には命を感じられたのでしょうか?

命を見つめる目線が先生は何段も何段も深かったんだと思います実際自然が好きで山に行って泥だらけになるような人で花をさわっているときは目の前の植物の命を生かすことに全力を注ぐというかそれ以外は全部見えないような感じの方でした一方でそのころの私は都会で育ち命に対する感度が鈍っていたのかもしれません先生からはいろいろと命に共感する姿勢を学びました。

――そこからあらためていけばなを始めることに?

そうですね池坊家にいるから継ぐという考えは全くなく自分のしていることを信じられることをすることが大事だと考えていました先生の命に対する真摯で誠実な姿勢や日本中世界中に生涯をかけて誠実に花を生けている多くの先生方と出会いその気持ちに触れていくなかで草木を生けることにそれまで以上に真摯に向き合うようになりました

混じり気のない白の世界へ

――花には人の心を動かす力があると伺いましたが池坊さんご自身が花の力で心が動くのはどんなときですか?

池坊は仏教を背景としており命のない植物は扱いません花を生けるときは造花ではなく命ある草木を使いますそして花は切ったら枯れていきますいけばなはある意味業が深くだからこそ命を生かすという意味合いも強くなるのですそのように日々感じているので花を生けるたびに心が動きます自分自身が目の前の植物の命と交錯するような混じり合っていくような感動を覚えます。

――命を生かすためにいけばなで大事なことは何でしょうか?

一つひとつの草木の姿を尊重することですそのために私たち池坊では花よりもむしろ葉や幹を大切にしていますなぜなら花が咲くためには幹や根葉っぱが必要でそれらが命を蓄えることで花や実をつけていくからです花がなくても生けることができますが葉や幹がなければ生けられません。

――花を生けるのには花以外の葉や幹が大切なのですね

草木だけでなく周りの空間との関係性も大切です今年は白いキューブの中央に水を張って生けた花を置きそこに水滴が落ちて波紋が広がるという空間を設けました花を生けるために空間自体も設計しています。

©2024 池坊専宗

©2024 池坊専宗

――空間自体をつくっていくのは面白いですね今回は私の美学というテーマですが池坊さんにとってそうした空間づくりの考え方こそが美学に繋がるのでしょうか?

自分自身と世界草木との関係を見つめていくためには自然体にフラットにいることが大切だと思いますもちろん先達の歩みを学ぶという前提があった上の話ですが積み上げた経験を脱ぎ捨てられたときにより表現の深さが増すと思うんですひとつのことにとらわれずより白紙の状態でいられるようになりたいですね花を生ける場の規模やそこにいる人の立場は関係なく自分が草木とフラットに向き合う状態あえて言うなら混じり気のない白の世界という感じです。

――混じり気のないとはどのような状態でしょうか?

先入観や表現欲のない状態です自分がこうしたいという自己表現欲はない方がいいんですよ欲を出すと必ず失敗します目の前の命を自然に伸び伸び生きているように見つめていくそれが花を生けることだと思っています。

方向付けされてない状態が創造を生み出す

――花や草木と向き合うときはどのような感覚を重視しているのでしょうか?

目と手ですね枝や幹のゆがみや曲がりをよく見つめ手でさわって硬さを感じたり枝のしなりを確かめたり時には虫の気持ちになって葉っぱをちょっともぎってみようとか私は道具はあまり使わず目と手の感覚をやっぱり一番大事にしています使うのは花鋏くらいで使いやすいものが1本あれば十分です。

――そのほかにふだん使う道具にこだわりはありますか?

華道具のほかには骨董品が好きですね時間が生み出す風合いや人から人に受け継がれていくことに価値を感じていますなかでも肌身離さず持っているのは懐中時計です昔はデジタル時計も持っていましたがカチッと1秒ずつ切り替わる表示に違和を感じて使うのをやめましたこの懐中時計はすぐに時間がずれるのでぜんまいを毎日巻く必要がありますが時間の経過をしっかり感じることができます古物はほかにもカメラや万年筆を使っています万年筆などの筆記具は書き心地も大事ですねインクの伸びがよく手に伝わる感触とともにすーっと気持ちよく流れるようなペンが好みです。

――普段から手書きをされることは多いですか?

多くはないですがお気に入りのペンで白紙に描く行為が単純に気持ち良いので書くことは好きです

白紙には何でも書けるんです何を書いてもいいし何かに囚われる必要はありませんそこに縛りはなく縛っているのは自分の常識だけなんですこれはデジタルとの大きな違いですね白紙には何でも書けるのに自分はどこへでも広がっていけるという気持ち良さを忘れている人が増えている気がします。

――手書きとデジタルの違いについて最後にもう少しお考えを聞かせてください

デジタルは目的がはっきりしていますよね私もパソコンやスマートフォンを使いますがデジタルはより使いやすく効率良く仕上げる短時間で同じものを仕上げるなど目的が明確で仕事の成果を出すという意味では効率的だと思いますですがより表現として深いものを生んでいくためには無駄な時間や余白遊びなど一見脈絡がないことの結び付きが大事になると考えています鉛筆やペンで白紙に書くのはデジタルと違って方向付けられていませんそこには余白や遊びがありそれが創造につながると思うんです。

池坊専宗
華道家元池坊 次期家元池坊専好の長男として京都に生まれる慶應大学理工学部入学後東京大学法学部入学東京大学卒業時に成績優秀として卓越受賞名もなき花を生け日常の一瞬間を写真として描くJR京都伊勢丹にて祈りの展示MOVING日本橋三越本店にて写真展一粒の砂 記憶 ひかりを行う池坊青年部代表京都市未来共創チームメンバー東京国立博物館アンバサダー花の甲子園審査員2024年度 KYOTO CRAFTS and DESIGN COMPETITION審査員講座いけばなの補助線や文筆インスタレーションなど様々なかたちで日常の美しさと交わることを伝え続けている

HP:senshuikenobo.com Instagram:@senshuikenobo

Direction:CREEK & RIVER
Writer & Photo:島尻明典

Pen:ZOOM L1(マットグレー)