――原さんは、2019年ごろからSNSに書道アートの作品をアップされていますが、初めに、書道と関わるようになったきっかけを教えてください
書道を始めたのは2歳からでした。子どものころは、とにかく一番になりたくて、大会でも最高賞を取るために頑張っていました。毎日ひたすら文字を書いて、夏休みには毎日朝5時から夕方5時まで、遊びに行くこともなくずっと書き続けていました。
書道にどっぷり浸かった学生時代を過ごして、そのまま書道家になりたかったのですが、親に「就職しなさい」と言われて一度は大学卒業後に銀行員になりました。
――銀行で働かれていたのですか?
1年間ほど働きました。銀行員時代は自分の特技を活かして、封筒の宛名書きやお手紙などを書かせてもらっていたのですが、ある日、私が書いた手紙を受け取ったお客さまが、「字がとても綺麗」と泣いて喜んでくださったんです。「私の文字で人を感動させることができるの?」と思い、それが大きな転機になりました。
それまでは自分のために書道に打ち込んでいましたが、私の書いた文字が人の心に届き、人に喜んでもらえると知り、「やっぱり書道家になって、人に想いを伝えていきたい」と思い、銀行を退職しました。
――そこから、どのような経緯で書道アートにつながっていったのですか?
「まずは世界を見たい」と思い、勢いで海外に行って書道パフォーマンスをしたんです。でも海外の人には漢字が上手く伝わらなかったんですよ。「どうしたら伝わるか?」といろいろ考え、あるとき、「絵は世界共通だから、書を絵にすることで言語の壁を越えて伝えられるのではないか? 絵を描くのも好きだし」と思い、文字と絵を組み合わせた書道アートを始めました。
ただ、最初はアートにするために「文字を崩す」ことにすごく抵抗がありました。子どものころから書き続けてきた「正解」が体に染みついていたので、「書に正解はない」と頭では分かっていたのですが、気持ちのうえで葛藤がありました。
作品をSNSにアップしたときも、「これは書道じゃない」と言われるのではないかと怖かったのですが、意外と楽しんでもらえて。「書道でこんなことができるの?」や「書道は興味ないけど、これは好き」という反応が増えて、だんだん自分の中でもこのスタイルを肯定できるようになりました。自信がついたのは、野球選手の方をお名前で書いたら、ご本人から「これください」とコメントをいただいたことですね。「私にしかできないことは、これだ」と思いました。
――原さんが書道アートを書くうえで大事にしていることは何ですか?
技術面では、書く前にしっかりイメージすることです。構図などを頭の中で鮮明になるまで考えることが重要で、そこに一番時間をかけます。書き始めたら修正は効かないので、書く瞬間ごとに腕と手、筆と紙と相談しながら文字のバランスを取っていきます。
精神面では、言葉の持つ「想い」をしっかり伝えることが何よりも大切です。言葉選びと、その言葉をどう表現するかは毎回、慎重に考えています。
――言葉の持つ「想い」をしっかり伝えることは、原さんの美学にも通じてきますか?
はい、私の作品は「人の心に届いて、完成する」と思っているので、とても大事にしています。言葉に形はありませんが、この書道アートなら形として後世に残すことができます。
私自身は、書道アートを「魂を書き起こす」 行為だと考えています。たとえば「We are the champions」という言葉で不死鳥を書けば、「不死鳥のように何度も飛び上がる心があれば、どこまでも行ける」と表現できます。このように「想いを文字にして、形を与えることで“ひとつの魂”として作品にする」。そして「私の作品を通して、見た人の魂を動かす」。このふたつの意味を「魂を書き起こす」に込めています。魂を書き起こすことが重要で、そのための表現方法にルールはつくっていません。
――「表現方法にルールはつくらない」というと?
たとえば、カシオさんとのコラボ作品では、鉄を使った立体的なオブジェ を制作しました。ずっと文字を紙から飛び出させたかったんです。
それで造形業者さんに連絡して現場を見させてもらって、「ちょっとやってみていいですか?」とお願いし、自分でプラズマカッターでカットしてみたんです。そうしたら、筆で書く感覚で文字を切り出すことができました。職人さんも「こんなことできる人見たことない!」と驚いていました(笑)。
――さまざまなことにチャレンジされているんですね。ほかにはどのようなチャレンジを?
最近でいうと、余白の使い方を研究しています。書道アートを始めた最初のころは、「絵のように書く」ことを意識していて、隙間を埋めるように絵寄りの作品をつくっていたのですが、「もっと書の性質にフォーカスして、書の魅力を引き出したい」という気持ちもあり、余白を重視した書寄りの作品も書き始めています。「干支シリーズ」などがそうですね。余白を活かし、余白に詩情を込めるのは、日本特有の「美」だと思うので、大切にしています。
――作品へのインスピレーションはどのように得ることが多いですか?
書や絵の展示会で刺激を受けることはもちろんありますが、それ以外にも、人の話や経験談を聞いているうちに、「この話、作品にしたら面白そう」と感じることが多いですね。「そのときの気持ちを表すために、自分だったらどう書くかな?」と考えるのが好きです。あとは常に筆ペンを持ち歩いていて、移動中など、どんな状況でも思いついたときにすぐ筆を取れるようにしています。後は、漫画の線などからインスピレーションを受けることもあります。
――作品づくりでは、言葉と絵と、どちらから先にイメージしていくのですか?
両方あります。素敵な言葉に出会ったら、そこから「どんな作品にしよう?」と、その言葉を中心に考えますし、逆に、鳥が飛び立つ瞬間など素敵なシーンに出会ったら、「この瞬間を切り取って作品を書こう」と思います。
――作品を書くときに使う筆記具は、筆や筆ペンがほとんどですか?
刷毛や自分の手を使うこともありますが、やはり筆を使うことが多いですね。筆の毛質にはこだわりがあって、たとえば力強く書きたいときは、硬さのある馬の尻尾を使用した筆を使い、優しい印象にしたいときは、やわらかい羊の毛を使用した筆などを使っています。
筆のすごいところは、「より感情の起伏を表すことができる」こと。筆全体を使って大きく書くこともできるし、穂先を使ってすごく繊細な表現も行えます。筆圧やスピードの変化もかすれとして表現でき、実は表現の幅がすごく広いと思っています。
――普段の生活で、筆ペン以外に筆記具を使いますか?
シャープペンシル、ボールペンを使うことが多いですね。書き心地の良さを重視しています。ほかにも、鉛筆を使うのも好きです。鉛筆は筆と似ていて、線の強弱をつけることができるので好んでいます。
――今回、ZOOM L1を試していただきましたが、書き心地の感想と使ってみたいシーンを教えてください
手がスッと動いていく心地良さがあります。仕事柄、文字を書くときは、さまざまなことを意識していますが、ZOOM L1はその意識よりも先に手がスムーズに動いていく感じがして面白いですね。あとインクの伸びがすごくよくて、なめらかで書きやすいと思います。インクの色も墨に近い黒なので、気に入りました。
(ZOOM L1は)特別感があるので、私が使うなら、お手紙を書くときに使いたいです。いまアメリカに住んでいるのですが、まだ英語で思い通りに意思疎通が取れないこともあり、手紙で気持ちを伝えるようにしています。次からは、書き心地の良いこのペンで書きたいですね。
――ありがとうございます。最後に、原さんの将来の夢を教えてください
書道をもっと世界に広めていきたいです。アニメや日本文化の影響で、漢字や書も海外で受け入れられていると思っていたのですが、実際海外に行ってみると、そこまで知られていなく、ギャップを感じました。書道のパフォーマンスをして「カリグラフィーだよ」と言っても、「なにそれ?」という感じで。だからこそ書道アートとして、より伝わりやすく進化させた形で書道を広げていきたいと思っています。そして夢は、世界一の書道家。世界で、「書道家といえば原愛梨」と認められるようになりたいです。
原愛梨
書道家・書道アーティスト。福岡県出身。2歳から書道を始め、最年少で文部科学大臣賞を受賞。文字と絵を組み合わせた「書道アート」で大きな反響を呼ぶ。2022年3月に初の個展を東京・表参道で開催。同年4月にニューヨークで書道パフォーマンスを披露。2023年3~4月にニューヨーク、同年8月にインドネシア、シンガポール、10月にパリ、2024年4月にはドバイで個展やパフォーマンスを開催。世界に活躍の場を広げている。
撮影協力:六町ミュージアム・フローラ
Direction:CREEK & RIVER
Writer & Photo:島尻明典