デジタルによる文字入力が主流になる直前の1986年、ZOOMは誕生しました。
「Material of Original Zone」というコンセプトのもと、型にはならない自由な発想でデザインされたペンは、筆記具に新たなムーブメントを巻き起こします。
驚くほどの極太ボディで強烈な存在感を放つファーストモデルの505。「筆記遊具」と呼べるような、それまでにはなかった革新的なデザインの606。その後、ZOOMは初代から受け継ぐエッセンスを磨き上げながら時代に合わせてモデルチェンジを繰り返し、デザインペンとして確かな存在感を放ち続けています。
そして、2023年春、「日本発のコンテンポラリーデザインペン」として新たなZOOMが始動。そこで、新生ZOOMのプロダクトデザイナー國府田 和樹氏とグフラフィックデザイナー金井 和広氏に、新生ZOOMの開発秘話を語っていただきました。
ーーまず、新生ZOOMはどのように生まれたのですか?
國府田
もともと私の入社志望はZOOMのデザインをしたいというものだったのです。でも、入社当時、ZOOMの元気がなく、このままでは自分の好きなZOOMがなくなってしまうかもしれないと思った。だから、なんとかしたいという気持ちがすべての始まりです。
金井
オフィシャルではないところでの動きが長かったですよね。
國府田
そうですね。私が企画職からデザイン職に異動したというのが大きかったですね。そもそもZOOMはデザインペンなので、デザイナーの立場から新しいZOOMを提案できないかと考えたんです。ただ、そのときに思ったのが、ブランドとしてしっかりやるなら製品周りのデザインだけでなくグラフィックなどがすごく重要になるということでした。それで金井さんに一緒にやろうと声をかけたんです。最初は会話ベースで雑談のようにZOOMの方向性を話し合ったり、SNSで連絡を取り合って意見を交換したり、二人でイメージを共有しながら新しいZOOMの形を作っていきました。
プロダクトデザイナー、國府田 和樹氏
金井
声をかけてもらったとき、すごくやりがいがありそうなプロジェクトだなとワクワクしたんです。ZOOMは普通の事務用品ではなくデザインペンなので、きっとグラフィックの見せ方も変わるだろうし、これまでとは違うアプローチができるのではないかと思ったんですね。実際、新生ZOOMのプロジェクト自体は3年ほどですが、その前段階にいろいろやりましたよね。プロダクトだけでなくビジュアルの試作も作ったり。
國府田
お互いの目線を合わせるのに、それなりに時間がかかりましたね。和のイメージを入れたいけどこれだとやりすぎとか、先進的なイメージにしたいけど宇宙までは行きたくないとか。
グラフィックデザイナー、金井 知広氏
金井
イメージビジュアルをたくさん並べて、ZOOMのイメージはどのあたりなのかとかも話しましたね。オフィシャルではなく自分たちで好きにやっていたから時間に縛られることなく、二人でとことん話し合えたと思っています。感覚としてはビジネスというより友達と遊んでいる延長のような。
國府田
実際、学生時代からの友達だけどね。私がこの会社に金井さんを誘ったというのもあるので。でも、本当に堅苦しくなく素直に意見を言い合って、自分たちの好きなものを突き詰めて行ったものがZOOMなのかなって思います。
――正式にZOOMのプロジェクトがスタートしたのはどのような経緯だったのですか?
國府田
二人でイメージの共有がかなり出来上がってから上司に提案したんです。そうしたら、上司も私と同じような考えを持っていて、正式にプロジェクトがスタートしました。ただ、金井さんと私はすでにイメージの共有ができていたから、それをいかにアウトプットするかというのが主な仕事でした。コスト面や生産性など、私たちのアイデアを現実に照らし合わせ落としていくのが意外と大変で、あと、当然のことながら製品は私たちだけで作れるものではなく、とても多くの人を介するので、二人で作り上げたイメージをどうすれば共有できるかということにも力を注ぎました。
金井
やはり市場に出す製品であるなら売上などもしっかりと考えないといけませんからね。自分たちの理想をどのようにそこに繋げていくかが一番苦労したことかもしれません。
國府田
確かに課題はたくさんありましたが、それでも苦労よりも楽しみが勝っていたような気がします。ZOOMは普段わたしたちが企画している文房具に比べてターゲットが狭いんですね。普段の文房具は広くたくさんの人に使っていただくことが重要ですが、ZOOMはその範囲が狭い。そして、そのターゲットの中に自分がいるんです。だから、本当に自分の好きなことを追求していくという感じで、その楽しさが大きかったのです。
金井
私も同じような感覚ですね。それに、ZOOMのプロジェクトを経験して、すごくたくさんのものを得ることができたと思っています。例えば、パッケージのデザインなどで最初のイメージ通り作ろうとしたらコスト的に難しいという問題があったんです。そのときにコストを考えながらどのように理想を現実にするかを考え、素材などについてとても多くの知識を得ることができました。だから、私も苦労というよりやってよかったという気持ちの方が大きいですね。
國府田
理想を現実にという意味では、量産試作品の一つ目ができたときはすごくうれしかったですね。ラフスケッチから始まってモックアップを作るなど、ずっと自分の頭の中や自分の手で作れる範囲で完結していたものが、量産工程を経て出来上がったものを見たとき、ようやく自分の手を離れ一つの製品になったと感じられたんです。自分の理想が現実的な形になっていくところを見て、とてもワクワクしたのを覚えています。
――構想段階から二人でプロジェクトを進め、お互い助けられた部分などはありますか?
國府田
金井さんはZOOMに限らず、とにかく仕事が速いんです。私がアイデアを出すとすぐにグラフィックで具現化してくれて頭の中にあるものを目の前に出してくれる。そうして一つ一つの仕事が速いと、トライアンドエラーをたくさん重ねることができ、ZOOMが今のような形にブラッシュアップできたのは金井さんの力が大きかったように思います。
金井
私の部署にはデザイナーが他にも多数いるのですが、國府田さんに限らずそれぞれ感性が違っていつも刺激を受けているんです。それにずっと一緒にやってきた信頼があるので、國府田さんからの指摘を素直に受け入れられるというか、的を射るものばかりで、ブラッシュアップをするとき、どんどんよくなっていく感覚がありました。だから、國府田さんの感性にはかなり助けられた部分があると思っています。
――どのような方にZOOMを使っていただきたいですか?
國府田
ペンを選ぶとき、多くの人が書き味や書きやすさを重視すると思うんです。もちろんそれも大事なのですが、それとは違う魅力もあると思っています。例えば、装飾品や時計のように身につけるだけで気分が高揚するような、所有することでワクワク感が得られるペンを目指してZOOMを作りました。ですから、ZOOMを選んでいただいた方には、単に実用性を求めるだけでなく、モノとして欲しいと思っていただき、持つこと自体を楽しんでいただけたらと願っています。
金井
私もほぼ同じような気持ちですが、ブランドの価値観というか、デザインの価値観を共有していただけたらと思っています。ブランドのキャッチコピーが「1本の、美学。」としているのですが、やはり自分が本当に好きな1本を選ぶとき、細部までこだわりの詰まったZOOMを選んでいただきたいという思いがあります。そして、価値観に共感していただき、ファンになってもらい、ZOOMを持ったり、使ったりするだけで気持ちが上がるようになっていただけたらと思っています。
國府田
実際、私もそうなのですが、今、ペンを使う機会は減っていると思うんです。だけど、絶対にペンは無くならないとも思っていて、何か特別なときとか、自分にとって大切なときにZOOMを使っていただけたらと思っています。もちろん、メモを書き殴るときでも構わないのですが、例えば私の場合、スケッチをするときにZOOMを使うようにしています。すると、その時間がとても豊かなものになるような気がするんです。
金井
やっぱり自分がこだわりを持って選んだものを使うと気分が上がりますよね。何かを書く行為って、自分のイメージをアウトプットする手段としてはすごく基本的のように思っています。だから、そのときに自分が本当に好きなペンを使えば、箸が進むじゃないですけど、筆が走ると思うんです。そうすると、きっと書く行為自体が楽しくなるのではないでしょうか。
國府田
単なる作業が作業でなくなるというか、より豊かな時間になると思います。
Direction:MOSH books
Writer:前田和之
Photo:木村文平