――まずはNao’ymtさんの最近のご活動についてお聞かせください。昨年は、EXPO 2025 大阪・関西万博の閉会式で音楽監督を務められましたが、ご自身にとってどのようなチャレンジでしたか?
順番としては、万博の会期中に開催されたスペクタクルショー『One World, One Planet.』の楽曲制作の依頼を、閉会式よりも先にいただきました。プロデューサーの方から「184日間、毎日開催するので、お客さんが何回聴いても飽きない曲を作ってほしい」と言われ、なかなか難題だなと思ったのを覚えています(笑)。「幅広い層に響く曲、毎日聴いても飽きない曲とは?」を考え、私の25年間の音楽家生活の中で見つけた、多くの方に好んでもらえるメロディーの流れや盛り上げ方を曲に込めて作りました。
そしてこのショーが、万博の中でもっともお客さんの注目度が高かったので、『One World, One Planet.』を閉会式のテーマにすることが決定し、音楽監督として全体も見てほしいという依頼につながりました。閉会式は厳かな雰囲気の中で長時間行われ、要人たちのスピーチなどを挟むので、迫力を出しつつも、耳心地の良さを意識しました。制作期間が短くて大変でしたが、すごく良い経験でした。
――昨年は、音楽家としてのキャリア25周年を記念したプロジェクト『矢的直明2025』も始動し、毎月1曲ずつ新曲を公開されました。三浦大知さんとのデュエット曲『皆既』なども話題になりましたが、こちらはどのような試みだったのでしょうか?
音楽活動を始めて四半世紀が経ち、ふと「自分の音楽を振り返ってみよう」と思ったんです。過去にも『矢的直明2014』を制作しましたが、このときは自分の人生を振り返る試みでした。そこから11年経ち、曲を作るときの気持ちにはあまり変化はないけど、自分の声や歌い方が変わってきているのを感じました。たとえるなら、昔みたいに速く走れないけど、その分、周りの景色を見ながら走る余裕ができたような感覚です。その変化を感じ、前向きに受け入れながら1年間自分の音楽と向き合いました。
――素朴な疑問ですが、「曲を作るときの気持ち」とは、どのようなものなのでしょうか。Nao’ymtさんは、どんなときに「曲を作りたい」と思われますか?
私の中には、学生時代に出会い、音楽制作の主軸となっているR&B的な視点と、頭に浮かんできたシーンを曲にする映像的な視点という、ふたつのアプローチがあります。特に後者は、「屋外でみんなで遊んでいるけど、自分はひとりで佇んでいる」など頭の中で急に映像が浮かび上がります。そのシーンを入り口にして、「自分はひとりぼっちなんだけど、地面を見たら花が咲いていて風にそよいでいる」など物語を追い掛けていくと曲が聴こえてくるので、それを曲にして表現しています。「曲を作る」というよりは、「曲が聴こえるので、形にする」という感覚です。
頭の中に浮かんだシーンについてもっと知りたいときは、似た風景を探しに行くこともあります。たとえば、三浦大知くんと作った『球体』の曲の中に「雨が降るなか、高架下で男女が話す」という曲があるのですが、このときは”その”鉄橋を探し回りました。イメージにかなり近い場所を見つけたので、鉄橋の下で電車が通る音を録音して、曲に取り込んでいます。
――「頭の中にあるシーン」を実際に探して、その場所で録音するのはとても面白そうですね
フィールド・レコーディングという手法です。『球体』のときは、レコーダーを手にさまざまな場所に行き、その場所の音を収録して曲に使用しました。電車の音以外にも、セミの鳴き声や枯れ葉を踏む音が必要になれば、季節が巡るのを待って録音しに行ったり。そんなことをしていたので、制作に3年もかかりました(笑)。
――自然の音にこだわってレコーディングをされたのはなぜですか?
自然の音や生の音はデジタルでは作れず、自分がコントロールできる範囲を超えてくれるからです。それは生声を扱うボーカルレコーディングも同じで、シンガーの声が作曲時の想定を超えてくる瞬間があるんですよね。
――アーティストとのお仕事でいうと、安室奈美恵さんと三浦大知さんという、ふたりの大スターにも楽曲を提供されていますが、彼らとのお仕事では何が印象的でしたか?
安室さんとの仕事で特に印象に残っているのは、初めて楽曲提供させていただいた『Queen of Hip-Pop』です。最初にデモ音源を2パターン作ったのですが、ひとつはJ-POP色の強いR&Bで、サビで分かりやすく盛り上がるトラック。もうひとつは、R&Bの魅力であるループのグルーブ感を生かした、シンプルで攻めたトラックでした。当時の日本の音楽シーンの傾向としては前者を選びたくなるところですが、安室さんは「こっちの方がかっこいい」とシンプルな方を選びました。まさに私が選んでほしい方だったので、嬉しかったですね。ご本人はまさしくスーパースターという感じで、初対面でスタジオに入ってこられたときは、そのオーラに圧倒されて思わず席から立ち上がったのを覚えています。
三浦大知くんも1曲目の『Inside Your Head』が強烈に記憶に残っています。当時日本でもR&Bは流行っていましたが、「一緒に音楽を作りたい」と思える新しい方は、なかなか現れませんでした。そんななか、大知くんからの依頼があり、レコーディングのときにスタジオで簡単なマイクテストから始めたんですが、歌声を聴いたときにビビビビッときました。「なんだ、この声、すごいぞ」みたいな。聴いたことのない響きというか、煌びやかだったんですね。デジタルでは出すことのできない、ヴェールが1枚剥がれたような、本物の「声」だと思いました。
――彼らの声には、デジタルには出せないものがある?
ありますね。デジタルで生成された歌声と人の歌声の間には、表現力においてやはり差があります。特に感情表現。人間の感情には「楽しい」や「悲しい」だけじゃなく、グラデーションがあります。たとえば、泣き笑いの感情などは生成した歌声では表現できないと思います。技術が進めば近いものは作れるようになるでしょうが、そこには本質的な違いがあると思います。
※楽曲制作の過程で、ブレスの位置や歌詞の表現強度を記した制作用メモ。
――Nao’ymtさんはSNSを通して「陰翳礼讃な音楽を作っています。」と発信されていますが、陰翳礼讃な音楽とは、どのような音楽でしょうか?
「陰翳礼讃」は、谷崎潤一郎の随筆から来ており、ひらたく言うと「うすくらがりの中に美を見出す」という日本人が大切にしてきた考え方です。日本家屋の室内などは、西欧の人から見れば簡素な部屋かもしれませんが、そこには日差しの入り方による光と影のグラデーションやコントラスト、余白の美、闇の中の色気などがあり、日本人はそこに美を見つけてきました。この考え方が好きで、私も自分の音楽として、その影の美しさを表現したいとこだわりを持ち、この言葉を自分の美学にしています。
――そう伺うと、余白や影の美をNao’ymtさんの音楽にも感じます。行間を読ませる小説のような、あえて描かないことの美しさのような
そう言っていただけると嬉しいですね。「あえて描かない」ことは、とても意識しています。特に日本の音楽はストレートな歌詞が多く、会いたいときに「会いたい」と言ったり、悲しいときに「悲しい」と言ったりします。でもそれを言わないで表現するのが歌詞だし、そこに美しさがあると思うんです。受け手の方々に想像力を求めるのでなかなか難しいことをしていると自分でも思いますが、そこは諦めたくないですね。
――「陰翳礼讃」という日本的な美意識を、R&Bと組み合わせるのも面白いですね
R&Bは感情を露わにする音楽なので、むしろ真逆なのですが、アンビエント・ミュージック(※)を組み合わせることで、シンプルなループや余白、余韻、影を表現しやすく、陰翳礼讃な美も表現できると考えています。この方法が自分の中でも魅力的に感じ、しっくり来るんです。
(※)アンビエント・ミュージック=音色や雰囲気を重視し、穏やかさや瞑想の感覚を促す音楽ジャンル
――R&Bという海外で誕生した音楽を日本的な美学で表現するNao’ymtさんの姿勢は、ボールペンやシャープペンシルという海外で誕生したペンを日本的な美学で現代的にデザインするZOOMとしても共感する部分が大きいです。
確かに、「日本発のコンテンポラリーデザインペン」とお聞きして、私がチャレンジしていることとの共通点を感じます。海外の文化をそのまま日本に持ち込めばいいかというと、そうではないと思うんですよね。日本の文化と上手く融合させることが必要で、それはあらゆるジャンルにおいて言えることだと思います。
――楽しいお話をありがとうございました。最後に、Nao’ymtさんのこれからについて教えてください。25周年プロジェクトを経て、ここからどんな音楽を作っていきますか?
私は「円環」が好きで、人生の輪みたいなものを音楽のテーマのひとつにしています。「巡り、初めに戻って、また巡る」という考え方ですね。学生時代にR&Bに傾倒して、その後プロの音楽家になり、プロデュース業に挑戦し、自分の音楽を作り、私の音楽も25年が経ち1周した感覚があります。今はスタート地点に戻り、「また、ここから始めよう」という気持ちです。次の周回に入り、何がどう変わっているのかを確かめながら音楽を作っていきたいです。
矢的直明。音楽家。1998年にR&Bコーラスグループ・JINEを結成。2004年よりプロデュース業を本格的に始め、三浦大知、安室奈美恵、lecca、AIなど数多くのアーティストに作品を提供。特に三浦大知の楽曲を多く制作し、2018年にリリースされたアルバム『球体』では、「日本の美と輪廻転生」というコンセプトを含め、全17曲の作詞・作曲およびプロデュースを一手に担った。自身の歌唱にも定評があり、『矢的直明2014』『矢的直明2025』などソロプロジェクトも精力的に展開している。
公式サイト:https://naoymt.com/ Instagram:@naoymt
Direction:CREEK & RIVER
Writer:島尻明典
Photo:TESOO KANG
pen : ZOOM L1 (アーバンシルバー)