――田渕さんは「S5 Studios」というご自身のスタジオでデザイナーをされており、2025年4月には「インターネット界で最も名誉ある賞」といわれる、国際デジタル芸術科学アカデミー主催のThe Webby Awardsで最優秀賞を受賞されました。どのような作品で受賞されたのですか?
クリエイターやアーティストのマネジメントを行う株式会社ONの採用サイトです。ニコニコ動画のコメント表示をモチーフにしたり、国外から見た日本のアニメ文化を表現に落とし込むなど、ストリートカルチャーのエッセンスをデザインに取り入れました。かなりユニークに表現しましたが、評価してもらえて嬉しく思います。
株式会社ON|採用サイト
――一方で田渕さんは、即戦力人材と企業をつなぐ転職サイト「ビズリーチ」などの事業を展開する株式会社ビズリーチにも所属されています。こちらの事業会社ではどのような活動をされているんですか?
クリエイティブディレクターとして、コーポレートのブランドマネジメントに携わっています。たとえば、2025年8月に公開した株式会社ビズリーチのキャリア採用サイトでは、全体設計からクリエイティブディレクション、ビジュアルや演出、そしてアウトプットのデザインまで一貫して行いました。自身の所属している会社のブランディングなので、プロジェクトが始まる前の戦略や目的段階から把握しており、個人で請け負うのとは違う楽しさがあります。
株式会社ビズリーチ|キャリア採用サイト――株式会社ONも株式会社ビズリーチも同じ採用サイトですが、受ける印象がまったく異なります。この表現の違いはどのようにして生み出されるのですか?
その企業らしさやブランドらしさ、僕は「人格」と呼んでいますが、それらを紐解くことが重要で、そのためにメンバーの価値観を知ることや、それを言葉や絵にして共通認識をつくることを大切にしています。株式会社ビズリーチの案件では経営から現場までの各キーパーソンにインタビューすることで、彼らの共通した考えをコンテンツの構造へ落とし込みました。株式会社ONでは、会話の中で出てくるアイデアの種を拾い上げてコンテンツの演出に変換していきました。
単にビジュアルを整えるのではなく、その企業が抱える矛盾や葛藤まで受け止めること。それをデザインへ翻訳することで、表現は単なる装飾ではなく「生きた人格」として立ち上がります。こうした工程を経ることで、アウトプットは自然とユニークさを帯びていくのだと思います。
――企業やブランドの「らしさ」をしっかり汲み取っていくことが大事なんですね。その工程の中でもデザインを成功に導く、キーとなるポイントは何でしょうか?
「らしさ」をどう翻訳し具体化するか、でしょうか。
これは採用ブランディングだけに限ったことではなく、企業ブランディングや広告施策、体験設計であったとしても、この部分に最もユニークネスが必要で大事なポイントだと思っています。
作業としては、デジタル領域のデザイナーなので意外と思われるかもしれませんが、頭の中に浮かんだ具体化したいアイデアを、まずは絵コンテやラフ画を紙にたくさん描くところから始めます。
――パソコンではなく、紙とペンを使うのですか?
はい。紙とペンを使った手描きは、アイデアや表現を形にするときの出発点だと思います。少なくとも僕の場合、イマジネーションを固める工程は手を使わないと成り立ちません。「この要素を入れるのはここかな」など紙に描いて線を何度もなぞって、納得がいかなかったら消してを繰り返すことで、完成度が高まります。
デジタルは整合性やスピードに優れていますが、手描きには曖昧さや余白が残ります。その余白こそが発想の広がりを生み、アウトプットに独自性をもたらしてくれるのだと思います。最終的な制作はデジタルツールを使いますが、その前の大半の時間は紙とペンを使って設計しています。
――「ZOOM」は、日本発のコンテンポラリーデザインペンです。今回、田渕さんは、逆円錐形のノックボタンを備えたスマートなシルエットが特徴のシャープペンシル「ZOOM L2」を「気になるペン」として挙げていただきましたが、率直な印象から教えてください。
まずはこの洗練された見た目と、マットホワイトの色合いがとても好みですね。僕はミニマルなスタイルが好きで、自宅や作業場のインテリアもその目線で選んでいますが、「ZOOM L2」はまさに自分が好きなデザインです。
でも見た目よりも、実は手に持ったときの印象の方が驚きでしたね。しっとりと手に吸い付くような感触がとても新鮮です。
――感触が特徴的なのは、「ZOOM L2」のボディにソフトフィール塗装「ネオラバサン」を使用しているためですね。加水分解耐性と耐擦傷が高く、さわり心地の良さと機能性を両立させています。
そう伺って納得しました。手に持ったときの感触がユニークで、ずっとさわっていたい気持ちになります。実際に書いてみると、重心のバランスがよく、ペンがブレることなく書きやすいのも嬉しいですね。ペン先がシャープなので、狙った通りの場所にペン先を置いて書けるのも好印象です。
――デザイナー目線では、どのような感想を抱かれましたか?
「ZOOM L2」は、「シンプルさの中に個性が宿る」という”日本の美”を現代的に翻訳し、再定義してデザインしている感じがします。ミニマルな美しさの中に、工学的な目線や新しい素材、時代性、他と違うユニークネスがあり、プロダクトデザイナーの方がこのペンにさまざまなものを込めているのではないでしょうか。
道具を手にしたときに感じる小さな満足感が、長い仕事の時間を支える基盤になります。ZOOM L2はその役割を果たしながら、日本の美意識を現代的に翻訳している。そんな気がしました。
また、「日本発のコンテンポラリーデザインペン」という考え方も面白いですね。正直なところ、ボールペンやシャーペンといった文房具が、ここまでこだわって商品開発をしていると思いませんでした。その価値観がとても素敵だと思いますし、デザイナーとしても大いに共感します。
僕自身、今まで文房具について深く意識することはありませんでしたが、今回、文房具で自分の価値観に合うものを見つけられたのは大きな発見でした。この出会いを機に、文房具のプロダクトデザインにも注目していきたいですね。
――貴重なレビューをありがとうございました! 最後に、田渕さんがデザイナーとして最も大切にしていることを教えてください。
インタラクションは、狭義には「Webサイトのリンクをクリックしたときに起こるアニメーション」など、ユーザーとシステムの間の相互作用を指しますが、僕が大切にしているのはもっと広い意味でのインタラクションです。
人は、Webサイトやアプリケーションを通じて情報を得るだけでなく、その体験に心地よさや感動を覚え、他者と共有することで、次の行動や新しい考えへとつなげていきます。そうした変化のきっかけを生み出すことが、僕にとって理想のデザインです。
つまり、インタラクションとは人の心の揺らぎがきっかけとなり、その影響が社会へと広がっていく波紋のような現象だと考えています。小さな感情の揺らぎが連鎖し、やがて文化や社会の姿を形づくっていく──その過程をデザインで支えていきたいと思っています。
アートディレクター・インタラクションデザイナー。
自身のスタジオ「S5 Studios」を拠点に、Webサイトやブランドのデザイン設計、インタラクションデザイン、デジタルインスタレーション、クリエイティブディレクションなど、ビジュアル表現とインタラクションの構造設計を中心に活動。またデザイン関連の書籍やコラムへの執筆業など幅広く活動している。2025年、The Webby Awards「最優秀賞」を受賞。
Direction:CREEK & RIVER
Writer:島尻明典
Photo:吉村永
→ ZOOM L2